【哲学/社会学】GTARP(GTAロールプレイ)をモデルに考える『社会契約』と『社会的相互作用』について
注)哲学や社会学の分野を用いた個人の思考実験です。専門用語等の解釈は一般論と異なる場合がありますのでご了承くださいませ。
はじめに
皆様は犯罪を行う自由
は認められると考えますか?
なぜこのような問いが出たのか。この問いについて何か思うところがあった皆様はGTARPというコンテンツをご存知でしょうか。『グランド・セフト・オートⅤ/GTA5』というオープンワールドのクライムアクションゲームから派生したロールプレイサーバーの総称です。発祥は海外で日本でも知名度の高い人気コンテンツになりつつありますが、その特殊性ゆえ良くも悪くも課題を抱えているコミュニティサーバーでもあります。
ロールプレイは英語でもそのまま"role-play"で、ロール(役割)を遊ぶことを指します。プレイヤーはさまざまな役割を選択しその役割に基づいて行動することができます。
About NoPixel
NoPixel is a Grand Theft Auto V role-play server, developed by Koil and many other developers and contributors. The server is run on the official Rockstar multiplayer server system for GTA 5, FiveM. It contains custom scripts created by Koil, and community developers.
The idea of role-play is to talk, act, and proceed as the character you are playing. This means that any action taken while in-game is taken on behalf of your character. The intent is to create an immersive experience where players and viewers alike can experience stories and situations, in what is essentially another world.
https://nopixel.fandom.com/wiki/NoPixel_Wiki
NoPixelについて
NoPixel(ノーピクセル)は、『グランド・セフト・オートV(GTA5)』のロールプレイ用サーバーです。Koil氏をはじめ、多くの開発者や貢献者によって開発されました。このサーバーは、GTA5の公式マルチプレイヤー用サーバーシステムである「FiveM」上で運営されており、Koil氏やコミュニティの開発者が作成した独自のスクリプトが導入されています。
「ロールプレイ」のコンセプトは、自分が演じるキャラクターとして話し、振る舞い、行動することにあります。つまり、ゲーム内でのあらゆる行動は、そのキャラクターとして行われるものです。その目的は、プレイヤーと視聴者の双方が、いわば「もう一つの世界」で物語やシチュエーションを体験できる、没入感のある体験を作り出すことにあります。
(AIによる日本語訳)
上述を踏まえて、以下では冒頭の問いに立ち返り、某サーバー※1の「犯罪をする自由」という言葉を借りて、やや哲学的および社会学的に沿った分析をしてみたいと思います。
以下、レポート風の常体文で記します。
例題
某サーバーで裁判(刑事裁判のロールプレイング)が行われた。争点は以下の通り。犯罪者が警察官をダウン状態(救急隊の処置があればまたすぐに起き上がれる状態)にさせたことにより警察側は犯罪者に対して「市民殺人未遂罪」として罰金刑を科した。
刑事事件の場合、現実世界であれば警察は逮捕を経て身柄を検察側に送致、更に検察による起訴を経て公判と判決に至るが通常だが、サーバー内ルールにおいては犯罪が発生してから捜査・起訴・公判(一部)まで通常は検察庁や裁判所などが介入する事案もほぼ全て警察の管轄下にあるという非常に特殊な法整備を成している。
一般的に犯罪が発生した場合、第一次的に捜査を行い、被疑者(犯人、容疑者)を逮捕したり、証拠を収集したり、取調べ等を行うのが警察です。
https://www.kensatsu.go.jp/gyoumu/yakuwari_chigai.htm
なお、警察は、被疑者を逮捕したときには逮捕の時から48時間以内に被疑者を事件記録とともに検察官に送致しなければなりません。
検察庁では、警察から送致された事件について、検察官が自ら被疑者・参考人の取調べを行ったり、証拠の不十分な点について、警察を指揮して補充捜査を行わせたり、自らが捜査を行い、収集された証拠の内容を十分に検討した上で、最終的に被疑者について裁判所に公訴を提起する(起訴)かしない(不起訴)かの処分を決定します。
このように被疑者を起訴するか否かを決定する権限は原則として検察官のみに与えられています。(後略)
さて、しかしながら犯罪者側は「警察が命を顧みずに突っ込んできた」という趣旨で殺人未遂罪を認めなかった。日本の法律を引用すれば「故意か過失か」が争点になると考えられたが、該当するサーバーには「過失罪」に関連する罪状が存在しなかった。そのため当事者間での話し合いが膠着および解決が困難となったため犯罪者側は原告として警察側を「不当逮捕」であるとして訴えた。これが裁判に至るまでの『物語』である。
巨大かつ堅牢な #ストグラ 内裁判のメモと解説 https://t.co/7FW3SxJvgg pic.twitter.com/mJoaQ1kT1w
— Shiron🌱三上重工 (@Shirono_hiou) January 19, 2026
刑法の観点から参考資料
判決の前に主文と理由の前に裁判の立場を説明する際に「犯罪を行うという生き方も、もちろん刑罰の責任を負う必要はあるが自由に選択ができるという解釈」※2という表現が非常に興味深いと感じたため冒頭の問いに繋がったというのが今回のいちばんのきっかけです。
GTARPと社会契約
上述の通りGTARPというサーバー(架空の現実、以下「仮想現実」とも表現)における社会通念は我々が生活している現実世界のものとはかけ離れていることは露呈しており、現実世界の社会通念を基盤にした上で更に仮想現実の社会通念を両立させるもしくは独立したルールを明文化する必要と軋轢がしばしば発生する。
よって、海外も含めた大手GTARPサーバーは管理者およびプレイヤーが一般的に配信として公開していることが多いため、視聴者も巻き込んで「社会契約」というメタ認知として半ば思考を矯正されることになる。
しゃかいけいやく‐せつ〔シヤクワイケイヤク‐〕【社会契約説】
https://kotobank.jp/word/社会契約説-75578#w-524557
社会・国家は、それを構成する個人相互間の、自由意志に基づく契約によって成立するという理論。主に17~18世紀の英国・フランスで、ホッブズ・ロック・ルソーらによって主張された。民約論。契約説。国家契約説。
社会契約説[英 theory of social contact]
(粟田, 古在, 1979, p101)
独立した原子の集合のように考えられた諸個人の上に,いかにして国家権力が生じるかを説明しようとするブルジョア的学説.諸個人はその自主権の一部あるいは全部を国家に譲渡し,これによって各個人の安全を得るとされる.〈個々人の連合の共同の力の全体をもって,各個人の生命財産を防護し,各個人は全体に結合しているが,やはり自己にしか服従せず,以前と同様に自由であるような一つの連合形態を発見すること,これが社会契約によって解決さるべき根本問題である〉とルソーはいう.(後略)
GTARPには警察や救急隊などの公務員、車両を販売修理する専門職、飲食物等を提供する小売店などのいわゆる善良な市民だけでは社会が機能しないという特殊な性質がある。もちろん平和的、牧歌的な社会を目指すという前提があれば十把一絡げではない。GTAというゲームをロールプレイの舞台に選択した場合、一定の犯罪者が存在し大なり小なり犯罪が行われなければGTARPとしての遊びや均衡が失われてしまうという現実世界の倫理と仮想現実のゲーム性というダブルバインド的な矛盾を抱えている。
映画やドラマなどのフィクション作品でも悪役というものは存在し、その存在は勧善懲悪を表現するためや現実を揶揄する風刺的な存在として物語の起爆剤にもなる重要なポジションでもある。役者が「悪役ばかりやっていたら本当に嫌われた」というような逸話もある通り、一種のエンタメとしてヒール役を演じることは現実社会に一定の影響力があるのもまた事実である。それは視聴している側がそれだけ感情移入している証拠でもあり「役者冥利に尽きる」という考え方もあるだろう。
意志の自由[英 freedom of will, 独 Willens-freiheit]
(粟田, 古在, 1979, p9)
自分の意志を自由に決定しうること.これを肯定する非決定論と否定する決定論との二つの立場があって論争されているが,意志が因果の必然に縛られているなら,道徳の命令は無意味であり,行為の責任を問うこともできなくなるというのが非決定論の重要な論拠である.(後略)
現実的な社会通念および法律を用いれば犯罪行為は決して許されるものではない。しかし当該サーバーの市民には上述の通り役割を選択する自由がある。つまり自由意志(意志の自由)が一般的な道徳や倫理で禁止されていない独自の社会通念が再規定されていると捉えられる。あくまでも現実世界の規範に上書きするものではなく、現実世界の規範は保った上で仮想現実内では別途設定された規範を優先的に使用しなければならないという高度な判断基準も必要になる。
認知的不協和と社会的相互作用
この高度な知略戦にも似た行動パターンを常に視聴し続けるという行為は、仮想現実ではなく現実世界の社会契約を元に価値判断をしている一般視聴者には違和感が生じるものと思われる。
にんちてき‐ふきょうわ〔‐フケフワ〕【認知的不協和】
https://kotobank.jp/word/認知的不協和-22699#goog_rewarded
個人のもつある認知と他の認知との間に不一致・不調和が生じること。その結果、不協和を解消あるいは低減しようとして行動や態度に変化が起こる。
専門用語の使用が適切か否かの議論については割愛するが、現実とGTARP(仮想現実)の摩擦によって生じる認知的不協和は特に視聴者にとってはその違和感がストレスになり得る可能性が高い。管理者やプレイヤーは社会的相互作用によってその歪みや不協和を是正する機会を与えられているが、視聴者はその機会を与えられているどころか奪われているに等しいと考えられる(下記のポストを参照)。無論これはサーバーの視聴ルールを批判するものではない。
#ストグラ よりお願い📢
— ストグラ運営 (@STGR_RolePlay) January 31, 2026
いつも #ストグラSeason2 を観測いただきありがとうございます。
ストグラ内の出来事や発言は全てロールプレイで起こったフィクションです。
感情が抑えられない際は配信から離れ、気持ちをリセットしてからご観測ください。
心の健康を第一に街を楽しみましょう! pic.twitter.com/AOeaPTyyfp
これは管理者やプレイヤーに対する問題提起ではなく、GTARPという仮想現実を成立させるためには視聴者という第四の壁の介入を原則として許してはならないという問題提起に近い。配信者(≒役者)に対して視聴者(≒客席)から物語の修正が入る状態は舞台でも映画でも発生することはなく、既に完成され公開されたものに対しては実現不可能である。しかし一方で配信者(ストリーマー)という職業の場合は視聴者との双方向性を完全に遮断することはほぼ不可能である。
現実と切り離すことが割と簡単なフィクション作品であれば"これはその作品内のルールだ"と明確に線引きしやすいが、GTARPにおいてはこの切り離しが非常に難しい特殊な社会構造をしていると考えられる。そのため管理者およびプレイヤーである配信者やそれを観ている視聴者はしばしば現実世界の社会契約が流入し続ける中で仮想現実内での価値判断を迫られることがあるため、混乱と議論を生みやすいという性質を持っているとも捉えられる。
社会的相互作用による社会契約の強化
この混乱や議論は決して完全に不必要だと切り捨てられるものではなく、誹謗中傷などの例外を除いて現実世界との認知的不協和を修正しようとする社会的相互作用がより健全な仮想現実を構築するという機になる希望的観測はある。
社会的相互行為とは、私たちが自分の周囲の人びととの関係で行動したり、反応していく過程である。
(ギデンズ, 2004, p110)
いわゆる"荒れる"原因としてはこの認知的不協和を解消しようとする視聴者が暗黙かつ提示されたルールを順守するのが難しいほどの強い不協和を抱えているという裏返しにもなる。とはいえ視聴ルールとして厳格に定義されている以上、個人や周囲の認知的不協和を解消するためという大義名分や善意などの前提があったとしても、コメント欄や掲示板やSNSを使用して対象の事案やキャラクターについて攻撃的な発言を投稿することは相手や周囲を傷付けることにも繋がるためあってはならない。
これを解決するためには圧力や強制力は却って反発を招くので是正として機能しないと考えられる(誹謗中傷等に端を発する発信者情報開示請求や名誉毀損罪および侮辱罪等の処罰を求めるなどの行為は全くの別問題として考慮することは注意されたい)。ここで期待されるのが先述の通り社会的相互作用を用いてとしてコミュニティの健全化を図ることであるが、再度注意しなければならないのは視聴者はゲーム内のルールには介入できないという点である。仮にプレイヤーが一時的または常時それを許せば双方向によるキャラクターの意思決定を可能にするが、基本的にはどのサーバーもユーザーも原則視聴者の介入はできないとしている。
これは繰り返しにもなるがGTARPにおける欠陥として指摘するものではなく、あくまで社会的相互作用という観点から仮想現実をひとつの社会として捉えた場合に視聴者という存在をどう位置付けるべきか、そして視聴者が与えられた(と感じる)認知的不協和はどう解消されるべきかという別の課題にシフトするものだと考える。
前提として仮想現実に対する認知的不協和の是正を図るために現実世界の社会通念(社会契約)を脅かすことは本末転倒である。なぜならば仮想現実は現実世界を基盤として成り立つものであるため、その根幹を揺るがすことは仮想現実の破壊行為に等しい。
おわりに
そもそも結論が出ない性質の議論ではあるが、いったんの結びとしては管理者、運営者、参加者、視聴者など何らかの形で関わっている全ての人間同士の繰り返しの対話と妥当な落としどころを探りながら最終的に「社会契約」として互いに遵守を目的とした共通認識にまで昇華できることが理想ではあると考えられるが、そもそも脆弱な仮想現実の中で強固な概念を形成するのは現実世界よりは更に難儀な作業ではあるかもしれない。
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注釈:
1)ストグラ - STGR(https://stgr.life/)2026.1.31
2)YouTube 【ストグラS2】警察の威信を賭けた本気の裁判にガチで挑む署長【馬人/ジャック馬ウアー/ストグラ警察】(https://www.youtube.com/watch?v=A2ObWk58fvI)2026.1.31
参考引用:
粟田賢三(編), 古在由重(編)『岩波 哲学小辞典』岩波書店,1979
アンソニー・ギデンズ(著), Anthony Giddens(原名), 松尾精文(翻訳), 西岡八郎(翻訳), 藤井達也(翻訳), 小幡正敏(翻訳), 叶堂隆三(翻訳) ,立松隆介(翻訳), 内田健(翻訳)『社会学 第4版』而立書房,2004
法務省 1.検察庁と刑事手続の流れ(https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji_keiji11-1.html)2026.1.31
検察庁 警察との違い(https://www.kensatsu.go.jp/gyoumu/yakuwari_chigai.htm)2026.1.31
表記ゆれ、お許しください!
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