コロナ禍も悪いことばかりじゃないと思って生きてみる

2021年5月22日 

先日ひさしぶりに映画館に行って(とは言え昨秋の『鬼滅の刃』以来)『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を鑑賞してきた際に登場人物の相田ケンスケが発した「ニアサーも悪いことばかりじゃない」という台詞を聞きまして、これを今の状況と置き換えたらどうなるのだろうかとふと思ったわけです。

※結果的にエヴァに搭乗した碇シンジが引き起こしてしまったニアサードインパクトのこと

結局、初夏の微風が心地良くなる行楽日和の頃に全く外に出かけられないというなかなかのストレッサーに悩まされている中で梅雨入りに差し掛かり「あぁ今年も何もない季節だった」と頭をもたげるも昨今の状況に於いては致し方ない。

コロナウイルスが世界的流行(パンデミック)を起こしている状況にデメリットを見い出すことは容易ですが、では生活様式とやらがガラリと変化せざるを得ない現代に於いてメリットは存在しないのかといえばそうでもないかもしれない。私の完全なる主観でコロナウイルスが蔓延してしまった世界線の長所を挙げます。

満員電車がおかしいことに気付き始めた

残念ながら感染拡大の観点から焦点が当てられたまでであって都内で満員電車はなくなっていません。企業によっては時差出勤や在宅勤務などを推奨してはいますが特に中小や零細、そして非正規で雇用している労働者に対してはそこまでフレキシブルにできる器量がない(経験談)ので、以前ほどではないかもしれませんが通勤通学と帰宅時間帯は「混んでるなぁ」という電車が後を絶たない印象。あとは20時になるとだいたいのお店が閉まるので、特に寄るところのない時間帯に差し掛かった終業直後や20時前後の電車や平日土日祝日問わず混む傾向にある気がします。

がしかし、誰もが感じている満員電車のストレスを我慢して受容するのがオトナとされていた謎ルールがここにきてやっと「これっておかしいよね」ときちんとした課題になってきました。でも今まで思っていたことがちょっと浮き彫りになっただけで「減便」という普段利用している層なら絶対に思いつかない案がすんなり通るような認識で留まっているわけですから黒塗り高級車しか移動手段を知らないような政治家に混雑解消を期待するのは得策ではなさそうです。

もはや鉄道会社側でアナウンスや電光掲示板などで終始呼びかけをおこなっていますが、リモートと時差出勤を駆使してなんとか企業側や労働者側で努力するしかなさそうなのもなんともはやです。

わざわざ通勤しなくてもできる仕事はありそう

こちらもようやく国家レベルで推奨され出した在宅勤務(リモートワーク)。それでもまだ日本で定着する雰囲気はありません。大企業でも信販系に勤めている友人は携わっている業務の性質上リモートができないということで毎日電車に揺られて通勤していますし、他では中小企業でも補助金(おそらく『働き方改革推進支援助成金(テレワークコース)』のこと)が出るということで社内無線LANやVPNを構築したり新しいノートパソコンを購入したりといろいろ手は尽くしたようですが、結局社内や倉庫でないと仕事にならないことが多いということで(物流などは最たるもの)あまり浸透しないまま謎のシフト制だけが残存したようです。成果目標の評価期間なるものがあるようなので、リモートを使いこなせないタイプの会社の場合は対象になった労働者が振り回されているだけ感もあります。中抜きなども数多問題になっていますし行政もどの程度介入しているか知らないのでなんだかんだでガバガバなんだろうなあとは感じています。

コロナ禍に於いて私の周囲で仕事を失ったひとはアパレル系と化粧品系。それまでは初売りGW秋冬のセールは忙しいと嘆いていたのにあんまりです。特にアパレル系はストレスも多かったようですが役職に就いていたこともあってか自信に満ち溢れている感じがして少々憧れていたりもしました。実際に店舗に訪れた際は(実は親戚)血縁パワーで可愛がってくれましたし、それ以外でも年上の親戚ということで何かと憧れやちょっとしたことでの支えなどになってくれていたので「コロナが憎い」と改めて感じた瞬間ではありました。

というように「会社で働く」「お店で働く」という価値観が崩れてきたということは「自宅で働ける」「場所に縛られないで働ける」ということでもあります。特に接客業など誰かと直接接する仕事が好きな方は正直つらいよという意見も多いかもしれませんが共にポジティブな側面も見い出していきましょう

会社の飲み会はやっぱりいらないと思う

同期や少数の仲間内で飲みに行ったり食事に行ったりするのはわかりますが、わざわざ大人数で居酒屋を予約して謎の集団飲み会をするのは普通に億劫だったはず。少なくとも私は憂鬱でしたが、断ることもできない小心者だったので道化になるのは覚悟の上で参加していることの方が多かったです。正直お昼休憩時に会社のひとで集まって食べるのも気を遣うだけで好きではなかったので会食が糾弾される世の中なのは個人的にあまり悪くもない。ですが仲の良い友達や家族とたまの外食にも行けないのはそろそろ悲しいので、うまいこと緩和していってほしいなぁとは思っています。自分勝手ですいません。

それでも河川敷のバーベキューや近しい友人同士での立ち飲みや路上飲みは警察官がパトロール&座り込んでいる若者に注意するなどさすがに摘発とまではいきませんが再三の注意を繰り返しても何故か減らないので、基本的に酒飲みは他人との飲みが嫌いというわけではないことがわかりました。私もそろそろたまには誰かと落ち着けるカフェくらいは行きたいと思うので全く共感できないこともないですが会社の忘年会や新年会はちょっとすいません。

徹底すればインフルエンザは防げた

新型コロナウイルスの影響か昨年の冬はすっかり影をひそめてしまったインフルエンザウイルスさん。例年であればノロウイルスさんと共に猛威を振るう厄介な高熱風邪でしたが、今回は全く流行しなかった模様。ウイルス同士の共存??が不可なのか専門的なことはわかりませんが、マスクの着用と手洗いうがい+アルコール消毒の徹底で防げるものだとしたら今まではいったい何だったんだと思わせるくらいに流行しませんでした。

コロナ禍の前はほとんど気にしたことがなかったのですが、女性も意外と公共のお手洗いの後に手を洗っていないひとが多いなと思いました。男性は「(添えるだけだから)汚れない」という謎の理由でそんなに丁寧に手を洗わないというのは以前から話題に上ったりはしましたが、女性は「(添えるだけではもろもろ無理なので)清潔ではない」と思う(超個人的見解)。個室から出てきてもハンドソープも使わずに指先だけちょちょっと濡らして前髪で拭いて出て行っちゃうひと結構います。それが意外とお金持ちそうなおばさまだったり意識の高そうな会社員風の女性だったりするのでひとは見かけによらないもの。とりあえず個室から出てきたならもうパフォーマンスでも良いからきちんと手は洗いましょうよと伝えてあげたい。もちろん自分の身を守るためにも。

街にはお腹を空かせた会社員がたくさんいる

コロナ禍において最も打撃を受けていると考えられるのが飲食店ですが、経営側はもちろん普段からの利用客も困り果てているのがよくわかる一面も。オフィスでちょっと残業すれば20時など割と当たり前の時間ではありますが「お腹空いたから何か食べたいなぁ」と思っても軒並み20時には閉店してしまうかテイクアウト限定になってしまうので食べる場所がない。となると手段としては、コンビニやファストフード店などで何か買ってきてその辺の適当に座れそうな場所で食べるしかありません。

事実20時以降になると夕飯難民が出現し始め、植え込みなどの座れる場所(ベンチではない)に腰掛けてパンや弁当でほっぺをぱんぱんにするサラリーマンが目立ってくる場所があります。本来であればせめて明るい屋内か落ち着けるカフェなどで家路までの軽食くらいはとれるはずなのに、日本経済を支えている会社員が街灯もなく背もたれもない冷たい石に座って急いで食事を済ませているというのはあまりにもむごい。もともとそういうスタイルなのでは??と自問自答もしましたが、夜の20時という平日のビジネス街でも割と早い時間帯に等間隔で植え込みに座り込み食事を始める男性が発生するという現象は見たことがありません。

やっぱり人間は社会的動物だった

社会(society)
きわめて多義的な概念で、“人が三人集まれば社会ができる”といわれるような微視的人間関係から、政治、経済、教育、軍事などの諸制度を含んだ国民社会のような全体社会までをさして使われる。(中略)いずれにせよ、人と人の関係の成立が、社会の成立の前提である。(後略)―(宮島, 2003, p100)

ネットやゲームなどの普及で他人と直接的に関わらなくても案外と充実した人生が送れるのではないかと思った矢先のこれ。例えば初めての緊急事態宣言の時は「もともとインドアだし別に困ることねーし関係ねーし」と完全にイキっていましたが、これが年単位で続くとやはり気が滅入るものです。インドアとはいえ1週間に1日くらいは気まぐれにどこかを散策したり、数ヶ月に1回くらいは友人と遊んだりなんかもしていたので、あれもこれも「控えてくれ」と言われ続けると「もうやだ」となってくる(『カリギュラ効果』と呼ぶらしい)のが人間の難しいところ。

ずっと内にこもった生活をしていると内省的だったり自虐的だったり不安定な感情に流されることが増えて結構落ち込んできたりもするんですね。そうなるとかえってひとが多い雑多な場所で雑音というか刺激をもらってくると堂々巡りでしかない悩みだったり完全に袋小路になっていたことが案外スムーズに頭の中をズサーッと通り抜けたりする経験が多い方もいるのではないでしょうか。仮にこの現象が一般的ならどなたかに心理学的に名前でも付けていただきたい。単なる気晴らしや気分転換で思考が変化しただけかもしれませんが。歩くと頭の整頓ができるらしいです。

* * *

というわけでつらつらと思ったことを打ってみたわけですが、元の生活のダメな部分は修正しつつもやはり元の生活には戻りたい。これを乗り越えた先に果たして何が待ち構えているのかはわかりませんが、生きている以上もはや貴重な時代を生かされていると思って前向きに善処する他ないと思って生きております。

引用:
宮島喬(編)『岩波小辞典 社会学』岩波書店, 2003

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