【思い出】PS5が手に入らない…昔のハードは当たり前に店頭で売っていたのに

2021年4月13日  2020年12月6日 

2020年11月12日に発売したはずの「Play Has No Limits™ 遊びの限界を超える」という『PlayStation®5』が全く手に入りそうな予感すらしません…。初期ロットにはいろいろと定評のあるPSシリーズなので『PlayStation3(2006)』の初期ロットに振り回された世代からはちょっと様子を見た方が良いかもと諭されるのですが、PS4版ソフトをPS5でプレイしたいがためにちょっと我慢しているタイトルもいくつかあるのでできれば年末年始には欲しいかなぁなどと思っていましたが詰めが甘かったです。

※PlayStation3はPS2との互換性があるということでしたが後のシリーズからはなくなってしまいました。PS5も後方互換があるところにいちばん期待を寄せているのですが突如なくなったらどうしようとちょっと不安…


昔はハードなんて好きな時にねだれて(買ってもらえるかどうかは別問題)、友達や親戚の家にも当たり前のようにあったのに…。我々はゲーム黎明期からゲームの歴史と共に育った世代と自称しても過言ではないので「PS5」をはじめとしたゲームの進化には感動もひとしおなのです。特に親にねだって買ってもらった(勝ち取った)ゲームは下記の通り思い出がいっぱい。

PC-8800シリーズ

発売元:日本電気(NEC)
発売日:1980年頃

私の中での最古のゲーム機。Windows95などの代表的なOSが出る前に父が保有していた昭和のパーソナルコンピュータです。ファンクションキーを用いた野球拳などシンプルなエロゲをカセットテープから読み込み実行します。読み込みも書き出しも劇的に遅かったのは後になってから実感しました。

ファミリーコンピュータ(FC)

発売元:任天堂
発売日:1983年7月15日

こちらは話題になった復刻版

当時のご家庭を震撼させた(らしい)家庭向けに進化したコンピュータ。初代ファミコンは親戚の家に行くとだいたい置いてありましたが、私の家庭ではなぜかテレビに繋ぐタイプのハードは買ってもらえませんでした。私は親戚の中でもいちばん下の子だったので、ゲームがやりたいと言い出せず上の子がプレイしているのを横目で羨ましそうに見ているだけ。たまに「やらせてあげなさい」と言ってくれるおとなもいましたが、まだ小さかったので勝手がよくわからず結局参加できませんでした。

記憶に残っているのはマリオではなく『ポートピア連続殺人事件(1983)』です。「犯人はヤス」の名ワードを残したエニックス(今のスクウェア・エニックス)の代表作です。開発者は『ドラゴンクエスト』シリーズでも超有名な堀井雄二氏。まだひらがなもまともに読めない年齢だったのでシナリオよりはグラフィックやサウンドの印象が強く残っています。

ゲームボーイ(GB)

発売元:任天堂
発売日:1989年4月21日

小学校低学年だったので記憶もおぼろげですが、親にねだって初めて買ってもらったのがコレ。当時は新宿を中心に関東圏には「さくらや」という家電量販店があって、ゲームが欲しい時には西口のヨドバシカメラよりさくらや(現在は全店舗閉店)に連れていかれていたのは何となく覚えています。「安さ爆発みんなのさくらや~♪」というCMのフレーズは未だに覚えています。ガラスケースにゲームのハードやソフトが陳列してあるのをよく眺めていました。近くにカレー屋があったので、ゲームとカレーの匂いはセットで記憶しています。

ハードと一緒に買ってもらったソフトは確か『スーパーマリオランド(1989)』でした。こちらはクッパからピーチ姫を救うのではなく、謎の敵からデイジー姫を救う横スクロールアクションでした。デイジーがあんなにうるさいおてんば姫だったとは当時は思いもしませんでしたね。『星のカービィ(1992)』『星のカービィ2(1995)』もサクッと進められる癒し系アクションゲームだったので繰り返し遊んでいました。「スマブラ」で有名な桜井政博氏が制作に携わっていたのを知ったのはおとなになってからでした。

まだゲーマー小学生だった頃に初代『ポケットモンスター(1996)』が発売され、親にお願いして「赤」を買い与えてもらい当時はかなりハマって何周もしました。何故かいちばん好きだったのは船酔い船長がいるサントアンヌ号でした。

知名度的には低いようですが『カエルの為に鐘は鳴る(1992)』というゲームは中古で発見し、どハマりしてクリア後も周回。「ゲロベップ温泉」という村??があってそこのBGMが好きでした。また思い出深いソフトが『ポケットカメラ(1998)』。カートリッジにレンズが付いていて、差し込めばゲームボーイがカメラになってしまうという超画期的ソフトでした。カメラが180度回るので誰かを撮ったり自撮りもOKな写メの礎と言い伝えても過言ではない技術を搭載したゲームソフト。

その後も『ゲームボーイポケット(1996)』『ゲームボーイカラー(1998)』など進化版が出て買いなおしてもらったこともあります。スケルトンが流行したのもちょうどこの頃。

参考:https://www.nintendo.co.jp/n02/dmg/hardware/index.html

スーパーファミコン(SFC)

発売元:任天堂
発売日:1990年11月21日

こちらも話題になった復刻版

なぜか据え置き型は買ってもらえずスーファミに関しては友達の家でめちゃくちゃプレイさせてもらいました。特に思い出深いソフトが以下。

・『ボンバーマン』シリーズ(忘れました)
だいたい自爆して大爆笑するまでがお約束。友達のきょうだいからもバカにされながら17時になるまで夢中になっていました。

・『桃太郎電鉄』シリーズ(忘れました)
キングボンビーがうざかった思い出しかないひたすら友達となすりつけあうゲーム。最近また新作が出て話題になっています。

・『スーパーマリオカート』(1992)
おばけぬまとレインボーロードでひゅんひゅん落ちまくってジュゲムに助けてもらうゲーム。普通に走るのに飽きてくると逆走したり煽ったりやりたい放題でした。


・『ストリートファイターⅡ』(1992)
春麗を極めたくて自宅でもスピニングバードキック、百裂脚などコマンド入力の練習をしていました。後にGB移植版でプレイ。GBだと春麗が勝った時の「ヤッター!!」が聞けないのがちょっと悲しかったです。

・『スーパードンキーコング』(1994)
SFCでありながら超絶綺麗なグラフィックに小学生ながら感心していました。BGMも幻想的で素晴らしくレア社(イギリスのゲーム会社)の本気が詰まった伝説作です。SFCは友達の家でプレイしましたがGB移植版を買ってもらいご満悦。ディディーコングとディクシーコングが活躍する続編の『スーパードンキーコング2(1995)』も1を超えるレベルの世界観で大好きでした。「とげとげタルめいろ」「タルタルこうざん」「ハニーアドベンチャー」などのBGMは現在でもカルト的人気のある名曲。


・『スーパーマリオRPG』(1996)
なぜか友人複数名でハマりまくって放課後に友人宅に集結し毎日やっていたゲーム。私が誤ってコンセントに足を引っ掛けて電源を落としてしまった時はフルボッコにされました。

親戚の家で遠戚の女の子と一緒にセーラームーンの格闘ゲームをやって親の用事が終わる夕方過ぎまで爆笑しながら寝っ転がって遊んでいたのも良い思い出です。

参考:https://www.nintendo.co.jp/n02/shvc/index.html

ゲームギア(GG)

発売元:セガ・エンタープライゼス
発売日:1990年10月6日

こちらも復刻版が登場!!いくらなんでも小さすぎる!!

当時は『セガサターン(1994)』などハードも好調だったセガ。今では珍しくありませんが携帯型ゲーム機でカラー画面というのは衝撃でした。セガと言えばやはり「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」でゲームギアと一緒に買ってもらったソフトが『ソニック&テイルス2(1994)』でした。テイルスはソニックの相棒みたいな感じの可愛いキツネで、長距離を尻尾で滑空できるので(操作性としてはディクシーコングと似ている)主人公のソニックより使い勝手が良かった気がします。

別売りで「TVチューナーパックをつけると、なんとカラー液晶テレビに早変わり」という地上波テレビが見られるアンテナ付きのカートリッジが売っていてものすごく欲しかったのですがさすがにねだれずに家電量販店などで見かける度にガラスケースの前で立ち尽くしていました。

バーチャルボーイ(VB)

発売元:任天堂
発売日:1995年7月21日

商業的には大爆死したそうですが個人的にハマった何もかもを先取りしすぎてしまった伝説のハード。『PlayStation VR(2016)』のように視野全体を覆ってプレイするタイプのゲームです。なぜか父親が興味を示し当時のローンチタイトルである『マリオズテニス(1995)』『テレロボクサー(1995)』『ギャラクティックピンボール(1995)』『レッドアラーム(1995)』はいっぺんに買い与えてもらいましたが、真っ赤な画面に3Dという今では絶対に酔う予感しかしない仕様により??あっという間に視力が悪くなりました。それでも臨場感のあるゲーム画面やサウンド効果により今でこそ当たり前のVRを四半世紀前には体験していたと思うと思い出補正もあり貴重な体験だったなぁと感慨深いです。初回特典でマリオズテニスのトランプをもらったような気がするのですがどこかにいっちゃいました。すみません。

参考:https://www.nintendo.co.jp/n09/vue/index.html

NINTENDO64

発売元:任天堂
発売日:1996年6月23日

父がクリスマスプレゼントで買ってきてくれた我が家最初の据え置き型ハードかつ任天堂最後のカートリッジ型。当時はPSか64で迷っていたのですが64に落ち着きました。こちらも特典でポケモンのカード(カビゴン??)が付いてきました。正直PSの方が人気だったようにも思いますが、『スーパーマリオ64(1996)』や『ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ(1999)』などのタイトルを生み出した超伝説級ハードです。特にスマブラや『どうぶつの森(2001)』シリーズ(初代は「あつ森」ではなく「ぶつ森」)は現行の『Nintendo Switch(2017)』でも超主力タイトルなので、FCやSFCもそうですが64は全ての始祖だと思っています。私がもっぱらプレイしていたのは『スーパーマリオ64』『ワンダープロジェクトJ2 コルロの森のジョゼット(1996)』『ディディーコングレーシング(1997)』など。

ソフト1本買ってもらうのも互いに命懸けだったので『マリオカート64(1996)』『ゴールデンアイ007(1997)』『バンジョーとカズーイの大冒険(1998)』などの名作は未プレイ。ゲームは好きなくせにアクションは下手な方なのでマリオ64は攻略本片手に一生懸命スターを集めていました。「ウォーターランド」のBGMは当時の癒しでプレイせずBGMを聴くためだけにただひたすら泳いでいたことも。

後に『ピカチュウげんきでチュウ(1998)』というピカチュウとおしゃべりできちゃうソフトが発売されウキウキでGET。しかしながら私の滑舌と声量では音声認識システムがうまく認識してくれずピカチュウとはなかなか仲良くなれませんでした。「でんきねずみ」と言うと怒って電撃を放つ姿が可愛かったです。

参考:https://www.nintendo.co.jp/n01/n64/hardware/index.html
https://www.nintendo.co.jp/n01/n64/software/nus_p_nalj/

PlayStation

発売元:ソニー・コンピュータエンタテインメント
発売日:1996年11月15日

発売日からもわかる通り双璧を成す??64を買ってもらった手前欲しいとは言えずに友達の家でプレイ。初代『バイオハザード(1996)』では親御さんがまさかの制限時間内クリアにより無制限ロケットランチャーを獲得したということで、もはやチート級からの開始なはずがゾンビに驚きすぎて全く命中せず友達宅と爆笑していました。また、友達と『GUITARFREAKS(1999)』にハマった時期もあり、近所のゲーセンでも遊んでいました。ポップンミュージックやダンレボなどのコナミ『BEMANI』シリーズも当時とても勢いがありました。

後述のPS2を購入してからは初代PSソフトとの互換性があったので喜び勇んで中古屋でよく物色していました。特に思い出深いのは『ルパン三世 カリオストロの城 -再会-(1997)』と『新世紀エヴァンゲリオン 鋼鉄のガールフレンド(1998)』の名作シナリオ系ゲーム。特に鋼鉄のガールフレンドはオリジナルキャラクターである「霧島マナ」の天真爛漫で可愛らしい存在感(声は綾波レイと同じ林原めぐみさん)とクリア後に流れるエヴァお馴染み高橋洋子さんの『予感』という曲が超名曲で10周年アルバムに収録された際には酔いしれました。

参考:https://www.jp.playstation.com/psone/

PlayStation 2

発売元:ソニー・コンピュータエンタテインメント
発売日:2000年3月4日

未成年の時に親に買ってもらった最後の据え置き型ハード。新宿西口のヨドバシカメラで買ってもらいました。その後はソフトなどは中古屋や家電量販店などで自分で買いに行くようになりました。今でもナンバリングが続いている伝統的タイトルの初代を青春期に楽しめた点に関しては本当に良い世代に生まれたなーと思えます。

例えば『鬼武者(2001)』『キングダムハーツ(2002)』『龍が如く(2005)』などは全てPS2が初出。キングダムハーツではクリア後のムービーとエンドロールでティッシュ片手に号泣するという生まれて初めて「ゲームで泣く」ことを覚えました。当時学生だった私は感受性が高すぎたようで王様とリクがソラに全てを託して扉を閉めたところで何故か涙腺を刺激され、宇多田ヒカルと豪華なオーケストラによる終幕で完全にやられました。ラスボス(アンセム)手前のセーブデータをロードしてエンディングは何回も観ました。鬼武者も同様で、最後に主人公の明智左馬介が鬼に覚醒するところがかっこよすぎて何度もラスボス戦に挑んでいました。後にも先にもあの類の感動を味わうことはないだろうな…と感じる青春の思い出です。



参考:https://www.jp.playstation.com/ps2/

ゲームボーイアドバンスSP

発売元:任天堂
発売日:2003年2月14日

こちらは携帯型ゲーム機で最後に購入してもらったもの。前身の『ゲームボーイアドバンス(2001)』がスリムになってガラケーのようにパカパカできるのが魅力的でした。小学生の頃から持っていた過去のソフトと互換性があったので重宝していましたがKHの続編である『キングダムハーツ チェインオブメモリーズ(2004)』をプレイしたいがために買ったため、他の専用ソフトは遊ばないままでした。それより以前に持っていたポケットモンスターの「金」は『ゲームボーイカラー(1998)』対応だったので、アドバンスSPで周回しました。当時絶大な信頼を置いてパーティに入れていたポケモンは「デンリュウ」でした。

自分でお金を稼げるようになってからはゲームをプレイする時間以外にも映画を観たり音楽を聴いたり他のカルチャーにも時間とお金を使えるようになったので(裏を返せばこども時代はゲーム以外の自由度が低かった)トレンドのゲームを追うことは減りました。それでもこんなにゲーム黎明期から支えているのにPS5が手に入らない…と勝手に嘆いてはおりますが条件はみな同じ。ゲームから学びゲームで失ったもの(私の現在の視力は0.1未満)はそれぞれあると思います。手に入った方は存分にプレイして、手に入らない方も待っていれば次のロットが出てくるので気長に待ちましょう。早く遊びの限界を超えたい!

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