【雑記】自分が新入生&新社会人だった頃に教えられていた常識を正誤表的に振り返ってみる
もはや大型連休に入りましたがまずは新入生および新社会人の皆様おめでとうございます。進級や転職など全部もちろんおめでとうございます。
既に新しさの欠片もない私ではありますが、この時期になるとなんとなく気分が一新されるような良い意味でのリセット感がすると同時にどんよりとした不安で嫌な感情が心にどろりんちょと流れてくるような非常に複雑さが絡み合った季節だと今でも思います。冬の我慢を吐き出すかのように新緑が茂る一方で人間の心はますます閉塞感に苛まれたままのようであります。花粉症の疲労もあります。
先日ひさしぶりに平日の朝から夜まで出かけた際に行きの電車で人身事故、体調不良、緊急停止ボタンのフルコンボが複数路線で発生しまして、お昼を過ぎても運転見合わせのまま復旧しない路線もありました。原因はさまざまだと思いますが、ついこの時期だと「ああ、つらかったのかな」と良からぬ勝手な憶測を繰り広げてしまいます。特に桜が咲く頃になると新生活でキラキラしているひとたちとの隔てや非対称性のようなものを感じやすいかもしれません。桜が散って春雨がしとしと降る頃になると新しい環境に慣れつつも漠然とした疎外感というような側面も目立つようになるでしょう。
ある程度おばさんになってもうた私から言えることは一般社会で強制的に常識とされている常識や社会的通念は必ずしも正でも善でもないということです。高度経済成長期(1955年頃から1973年頃)、バブル景気(1980年代後半から1990年代初頭)と景気が良かった時代の名残ゆえに理不尽な昭和的気質や好景気の頃の謎文化や慣習が未だ残存している組織もあるでしょう。
時間を守れないひとはダメなのか
これはもちろん約束の内容にもよるとは思いますが、遅れたっていいじゃない、人間だもの。以前に働いていた会社では先輩の事務員さんが毎日定刻ギリギリにタイムカードをブッ刺していたら(もちろん私も)男性の上司にチクチクされたらしく、2人で「間に合ってれば良いっすよね!」と物陰で鬱憤を晴らしておりました。5分前行動もわかりますが定時に打刻の何がいかんのやというのが本音。店舗等でも着替えなど店に立てるまでの時間を加味して出勤しろみたいな風潮も残っているところもあるかもしれませんが着替手当を付けたりや準備時間を勤務時間として給与に加算しているところも増えてきました。
そもそも私の場合は混雑した電車が苦手(パニック症で安定して乗れない)ゆえに通勤と帰宅のラッシュに当てはまる時間と場所の仕事はもうできませんというよりやる気が尽きました。障がい者雇用として症状をオープンにして就労するという働き方もありますが、正直クローズにして一般就労にした方が給与は圧倒的に良いです。これが現実。
ただここは日本なのであまりにも海外の価値観に寄せすぎた時間の感覚でいくと却ってやりづらくなることもあるのでよしなに。私は基本時間にはルーズというか間に合ってるけどギリギリタイプです。これはごめんなさい。
明るく元気でないとダメなのか
これは私が本当に嫌いな言葉です(直球)。元気で明るいに越したことはありませんが、元気に大きな声で挨拶もできない人間はダメみたいな昭和の体育会系のような価値観で烙印を押す組織なんぞはこちらから願い下げのレベルで苦手です。ましてや「体調管理も仕事の内」などと時代錯誤の価値観を押し付けられたら我慢の限界突破です。よく親戚からも「おとなしいね」「積極性がないね」と言われて育ってきましたが、友達との関係性や自分の関心がある分野ではそうではありません。人間なので誰の前でもいつも明るく元気は無理です。
いつも正しくあいさつ 裏表ない笑顔で
シャラララ シャラララ シャラララ
明るい明日を信じて さっそうと駆け抜けてく
シャラララ シャラララ シャラララそんなのは 俺じゃない
シャララ/スピッツ
全てを ブチ壊してやりたい そんなこと考えたり
飲み会は参加するべきか
こうした集まりが心底苦手なひとには酷なアドバイスではありますが、正直なところ最初~数回は参加してみることをおすすめします。仕事の悩みのほとんどは結局のところやはり人間関係なので最初だけちょっと我慢して行ってみてやっぱり居心地が悪いな、やだな、と思ったら「このひとは誘っても参加しない(自己都合で参加率が低い)」のポジションになってしまえば断りが楽です。根本的に開催されないのがいちばん楽なのですが、私の経験では日雇いか従業員数が少ない(ワンオペが多め)等の組織以外では何かしらの飲み会やランチ会などの謎会合的なものからはほぼ逃れられなかったので、度重なるプライベート時間での拘束がきついと感じたら我慢することはないと思います。勤務内外問わずパワハラやセクハラなどのハラスメント行為は論外です。
非効率な作業が多い気がする
人の入れ替わりが激しい(=非正規雇用が多い)職場では簡素な事務仕事であるにもかかわらず引き継ぎを統一するためにバカバカしいまでにマニュアルが厳しいところもあります。もちろん人命がかかっていたりミスがあった場合に自分の責任で取り返せないものはルールに従う他ないのもあるのですが、私は「そこに神経質になるくらいならば他の事案に注力した方が良かろうに」と、特に社会人になりたてのトゲトゲした頃は憤慨することが多かったですね。
今は紙資料が減ってきたのでパソコン上でのデータ管理に関する決まり事が多いかもしれません。言ってしまうと慣れではあるのですが、どこの会社にも重箱の隅をつつく系のひとはいるので(繰り返しになりますが致命的なミスを誘発する可能性があるルールは別)ガミガミ言われても柳の如く受け流すもしくはお局様系の方に気に入られるとびっくりするくらい何も言ってこなくなります。むしろ最強の味方になってくれるのでそういった処世術があることも添えておきますが、自分を曲げまくってまで無理して媚びる必要はありません。
もちろん嫌なことがあったらすぐに辞めてヨシと簡単かつ無責任なことは言えません。各々経済的な問題や説明が難しい事情はいくらでもあるのが普通だと思います。残念ながら基本的に学校でも会社でもさまざまな価値観の人間が寄り集まった"組織"が絡むと嫌なことや面倒ごとは絶対にあるものというのは私も学びました。私なりに理想郷を求めて職を転々としましたがどこに行っても絶対にありました。あとはそれ(精神的負担など)とトレードして我慢できる材料があるか否かだなと私は思ってしまいました。例えば給料であったり経験であったり人間関係であったりなどそれを培うことが自分にとって有益かどうかです。お金のためになんでもかんでも我慢しろという意味はありません。
本当にしんどいなかを生きているひとに、生きてればいいことあるよ、今だけだよ、という言葉も響かないというか他人が下した結果論でしかないと思うので、私は無責任にはポジティブな言葉はかけられません。かといってネガティブな言葉もかけようとは思いません。負の感情の方が圧倒的に強大なので安易な共感や同意は自分の身を滅ぼすこともさすがに学びました。電車のダイヤが乱れるくらいにつらすぎるひとは専門医を頼りましょう。突き放しているように聞こえるかもしれませんが私が今かけられる誠実な言葉はこれだけです。「止まない雨はない」よりに先にその傘をくれよ(KICK BACK/米津玄師)だと思いますが、今の私が渡せる傘はコレ。
以下ややセンシティブ注意)
私も通院自体がしんどすぎて母についてきてもらっても(頼れる身内がいるだけでまず1ラッキー)予約の時間に合わせようと頑張ると発作が出てしまい処方箋だけでも出してもらえないかと頼んだら「本人が診察に来られないなら処方箋は書けない」と言われたらしく私も母も困り果てました。結局歩いて行ける近所の心療内科に転院しましたが、ずっと同じお薬を出し続けるだけな気がしてまた転院しました。乗り換えながら電車に乗らないといけない距離ですが今の主治医の先生には感謝しています。私の友人が希4念慮が強いにもかかわらず何かと理由を付けて適切な医者にかかりたがらなかったため私としては思うところがあるのですが、お医者さんが合わないと思ったらラフに転院して良いと思います。ここ数年で精神科から心療内科やメンタルクリニックに名を変えて外来や開業医も増えているので申し訳ないと思う必要もないですし、自分の心がいちばん大事です。転院には紹介状も必要ですしまた最初から説明しなきゃいけないという疲労もあると思いますが、惰性で通院し続ける方が時間とお金の無駄になるというのは非常に痛感しております。
渦中にいる時は外野の言葉が響かないのもわかります。私もこと持病に関しては母にすら「私の何がわかる」と苛立つこともありました。寛解気味の今は多少俯瞰的に顧みる余裕も出てきましたが、経済的・精神的に追い詰められているひとが多くなっている今の時代を是とは思いません。若いひとが不相応の苦労を背負い込み倒れてしまうという歪な社会は断ち切らねばならぬ…と憤りつつも何もできずにこうしてつらつらと文字を打ち込むことしかできない春です。
所詮は社不のおばちんの戯言
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